デザインのおと

自然のおと、くらしのおと、感じること、表現すること。津屋崎という場所。

風のおと、波のおと、草花がゆれるおと、くらしのおと…津屋崎という土地で感じています。
感じたおとを表現すると、どういうかたちになるんだろう。
ゆるりと少しづつ始めていきます。

以上、に近いところの広告デザイン

何かのサイトでアートディレクターの服部一成さんが

写真家・中平卓馬さんの展覧会の広告を作ったときに、

中平さんから

「僕以上でもなく、僕以下でもないデザインで」

というようなオーダーを受けたと話していた。

 

 

 

広告デザインがきっかけで、集客や購買が上がる。

というのが広告として成功なのだろう。

 

だけど、

実際行った人たち、買った人たちが

 

「広告より、大したことないね」

 

っていうことはよくある。と思う。

それって、ほんとうに残念なことだよなぁ。

 

中平さんのオーダーの

「僕以上でもなく、僕以下でもないデザインで」

というのは、広告の本質を突いていると思うし、

服部さんは、もちろん、見事にデザインした。

 

謙虚である必要もないけど、誇張する必要もない。

以上でもなく、以下でもなく。

以上、に近いところの、ぎりぎりのところ。

 

と、私は解釈したんだけど、

 

それは、広告デザインとしては、あと一歩なのかもしれないけど

 

そのぎりぎりのところで、たち振る舞っていたい。

 

広告デザインを見て

「あ、何だろう」と気づいてもらうところ。

興味を持ってもらうところまで。

 

「広告もよかったけど、実際もっと良かったね」

 

が、嬉しい言葉だと思う。

 

広告に刺激されて中身も向上することが望ましいけど、

広告のおいては、以上、に近いところのぎりぎりのところ。

 

これが答えでも正解でもないけど、

私の広告デザインは、

難しいけど、このぎりぎりのところにありたいと思う。

 

9月の月一展覧会

先月は展覧会自体お休みで、7月は作品が全く出来なくて出展取りやめたから、2ヶ月ぶり。

 

「夏の名残り Vol.1」

f:id:d-oto:20170905171851j:image

の一部。

 

いつものごとく、来月にはもう少し表現をします…。

 

夏が名残り惜しいけど、風が秋を連れてきたね。聞こえてくる虫の鳴き声も、いつの間にか秋の声に。

ビーサンは、また来年。

 

 

最期の別れ

先日、お世話になったデザイン事務所の代表のお別れにいってきた。

数年前に半年の間だけ勤務した。そんな私にも、その後作った事務所の作品集を届けてくれた。

若き日の姿は知らないけど、縁や人を大事にする穏やかな方。

現役アートディレクターのまま、幕を下ろした。

 

f:id:d-oto:20170813081746j:image

急死という現実がふわふわしてて、

お昼に事務所行くと、奥さんが作ったお弁当を食べているんじゃないかとも思う。

 

やがて人は死ぬ。

そう、分かっているけど、人の死は、何度経験しても慣れるものではない。

 

だけど、私は参列したい。

最期の姿に思い伝えて、お別れしたい。と思うから。

 

これから残ったスタッフが事務所を支えていくのかなぁ…どうなるかわからないけど、彼らが彼の思いを継いで作り続けていくのだろう。

 

そのうち、事務所に彼の面影を訪ねにいこう。

来春も事務所を出ると満開の桜を見ることができるといいな。

 

「ここはきれいな桜を見ることができるんだよ」

 

 

山笠終わると夏のはじまり

昨日16日は津屋崎祇園山笠でした。

福岡市在住が長かったので、博多祇園山笠の季節という感じがまだ抜けない。

テレビ局でバイトしてた頃にカメアシバイトくんたちがこの時期にバタバタしていたのと、山をかいてた(担ぐ)友達もいたから、博多祇園山笠の方を先に思い出してしまう。

 

3年前に福津にきてから津屋崎にも山笠があるって知って、3回目の山笠観覧。

津屋崎に仕事場をおいてから2回目。

山をかいてる人も関係者も、見知った顔がずいぶん増えて津屋崎の山笠に親しみが生まれてきている。

 

「おいさ、おいさ」と、山が駆け抜けるおと。

バシャ、バシャ、と勢い水が飛び散るおと。

 

滑車がなくて人力で大きな山を運ぶ、たまに地面を擦れるおともするけど、

とにかくかき手である男衆のエネルギーが町中溢れている。

それを支える地域の方の見送る表情も力強く、かつ穏やか。

 

あんまり山笠について詳しくないんだけど、神事としてずっと長く継いできているって、一言でいえないけどすごいことだよね。

私はかき手にはなれないし、支えることもできないけど、

来年は何かの形で、継いでいく、に力添えができたらな、と思う。

 

何だろ、お金かな…。リアルに…。

 

さて、山笠が終わると、夏が始まるね。

夏のはじまり、はじまり。

f:id:d-oto:20170717082558j:image

デザインとしての、遊びのスパイス

昨日から九州北部は豪雨です。これ以上被害が広がらないといいのだけど…

福津市は、時々土砂降りになるくらい。

 

梅雨らしくないなぁって思ってたらこんなに降らなくても…バランス悪いよ。

いじわるなのかなぁ…

 

じめじめじとじと、絶え間なく降っている。

身体にカビが生えそう。

仕事のお供は、コーヒーではなく少し甘くしたミントティー。

f:id:d-oto:20170706141009j:image

身体がさっぱりすっきりするといいなー。

PCでデザインする前には、ざっと手書きでラフを描く。
手を動かすことと、情報を整理することと、優先順位をつけること、

それから、固定観念を抜くこと。

疑問をもつこと。

手書きしてから、PCでレイアウトしていく。

 

ベースとなるレイアウトを、崩していく。

 

この、崩していく、で、どう遊べるか、

ちりばめるデザインに、どう遊びの要素を入れていくか、が

最近の私の課題。

 

崩しきれず、遊びきれず、

つい枠に整頓してしまう。収まり過ぎてしまう。

 

遊びの要素が、スパイスが、いまいち物足りてない。

と、自分の中で思っている。

 

きっと、私、まじめなんだよね…笑。

 

家具だけじゃないじゃん

福津市から高速で1時間30分弱にある大川市へ。

極力、場所が近いか、気持ちが近しい人としか仕事をしないようにしている。

今日は場所は遠いけど、気持ちが近しい(と思ってる)彼女と。

 

移住した彼女と地元の方と打ち合わせ。

その方は、大川で育ち家業を継いだという軸と、外を経験した柔軟さが、

(年齢もあるのかもしれないけど)うまいことマッチしていた。という印象。

田舎でくくることができる地方の仕事をしていると、

興味深い人たちに会うことがあるなー…。

 

さて、

足早に、少しだけ、大川市を案内してもらった。

 

「家具のまち」でもあるけど、

江戸の町並みが残る小保(こぼ)・榎津(えのきづ)地区というのがあって、漆喰で塗られた壁や瓦屋根、藩境の石列などが観られる。

景観が統一されていないのだけど、

その統一されてない感じと「残したまま」という感じが、なんだか良くて。

創られたまちという緊張感がないのが良かったのかな。

江戸の建物だけでなく、木工場、建具屋さん、古民家リノベされたお店、民家が並ぶ。

 

ある個人宅を紹介してくれた。

 

築200年は経っているというのに、傷んでると全く感じないくらいに

しっかりと美しい。

 

家主であるおばあちゃんが(おじいちゃんと住んでいる)、

手を加えてないと言う。

ほんとかなー?って疑っちゃうほど、印象深いお家だった。

f:id:d-oto:20170612204217j:image

 

昔の建物は、ガラス戸の木枠がかわいい。

手がゆき届いている中庭。

 

f:id:d-oto:20170612204229j:image

時間的にも、あんまり写真を撮れなかったけど、

中二階があったりして、建物の造りもおもしろそう。

f:id:d-oto:20170612204221j:image

広い土間スペースに、

春に行われる「藩境まつり」というお祭りの写真が貼られている。

なんだか、津屋崎のよっちゃん祭に似てて親近感あるよ!

 

急な訪問でも柔らかく招き入れてくださいました。

「またいつでもおいで」

と、見送られる。

 

最後に、謎なものがあって、足を留める。

「べたべたくっぞこ通り」…?

f:id:d-oto:20170612204240j:image

その昔、べたべたくっぞく、という妖怪が出たという話だそう。

べたべたした妖怪が足首に巻き付いてくるそうで…。 

 

f:id:d-oto:20170612204256j:image

道のあらゆるところの足元に、妖怪がたくさん。

遊び心があって、テンションあがっちゃった!

 

木工だけじゃないじゃん。大川市

 

どこの町でも、

歴史があって、

自然があって、

美しさがあって、

そこに、

生活がある。

 

守っていこうとする人、進んでいこうとする人、育んでいこうとする人、毎日を送っている人…いろんな人がいる。

 

 

「何もないけんね」

という、言葉の裏には、

たくさんの思いや愛が詰まってるんだよね。きっと。

 

月一展覧会でした

今日はカフェ&ギャラリー古小路での月一展覧会でした。

 

「色づくおと vol.2」

f:id:d-oto:20170606212230j:image

 

白いものに向き合ってると

自分が揺らいでいく。

 

彼女が、彼が、

どんな色に色づいたとしても

どんな色で彩られたとしても

 

もう、本来の白には、戻れない。

 

白いものに向き合ってるって、

勇気がいる。

 

白を白でなくす。

 

その一歩先。

 

彩られた白は、

どんな白であるのだろう。

 

その一歩から、

始まる気がするよ。